2013年01月07日

日本の中心(井上)

今年もよろしくお願いいたします。

今年の元日は、配偶者のご実家から車で兵庫県西脇市まで行き、同市にあるお寺(播州成田山)に初詣となりました。

幼い娘2人ともおみくじが大吉だったこともあり、結構、初詣を楽しんでくれました。

西脇市は東経135度、北緯35度に位置しているため「日本のへそ」(日本の地理的中心という意味)の町として有名なのだそうで、私たち家族も「日本のへそ公園」にも立ち寄ってから帰りました。

後日、インターネットで調べてみて、「日本のへそ」とか「日本の中心」だと名乗っている都市はほかにたくさんあることを知りました。

例えば、北海道の宗谷岬と九州の佐多岬を結んだ線を直径にした円の中心にあることから「日本のへそのまち」だと名乗る群馬県渋川市、日本列島のどの海岸線から測っても最も遠い内陸という意味で「日本の中心」と名乗る長野県佐久市などがあります。

また、「日本のへそのまち協議会」というものまで結成されているようでした。

もしかしたら、新年からどうでもいいお話になってしまったかもしれません・・・。
posted by kuraben at 18:34| 井上弁護士

2012年12月09日

同窓会 (井上)

中学校の同窓会に出席するため、11月のある休日に京都に帰りました。

中学校の同窓会は頻繁に開催されていたようなのですが、故郷を捨てるようにして広島に来た私にはあまり情報が回ってこず、卒業後30年ぶりにクラスメイトらに再会しました。

ご実家の商売を継がれた方や地元の企業にお勤めの方たちは今も交流があるようで、皆と疎遠にしてきたため居心地悪そうにしていた私に、地元に残っている多くの友人がいろいろ気を遣って話かけてくれました。

昔と変わらない人、子ども時分は大人しい印象だったのにずいぶんと積極的で社交的になっていた人、外見が大きく変わった人、お目にかかった印象はいろいろでした。

私の方はというと、子どもの頃は活発でおしゃべりだったのが、すっかり大人しく地味になった、という印象を持たれたようです。

腹八分目にして控えめにしたまま、皆と別れましたが、次に参加するときは、もう少し、はじけて話ができそうな気がしています。

posted by kuraben at 17:24| 井上弁護士

2012年11月21日

河川争奪 (井上)

 11月のとある日曜日に、家族でドライブに出かけ、途中、島根県の吉賀町にある高津川源流の水源公園に立ち寄りました。

 高津川は日本海に注ぐ清流で、日本でも数少ないダムのない美しい川として知られていますが、その水源は、大蛇が池という小さな池の湧水でした。

 私は恥ずかしながら、「河川争奪」という地学の言葉を初めて知り、そしてこの高津川の源流部が日本でも有名な「河川争奪」の実例なのだということも知りました。

 ご存じの方も多いと思うのですが、河川争奪とは、地形変化や河川による土壌浸食の影響などによって、ある河川の支流が別の河川の支流に文字通り奪われてしまう現象です。 

 高津川の場合、現在の水源よりもっと上流域にも川が流れていたのですが、それが山口県の岩国市を流れる錦川の支流に盗られてしまった形になっているらしいのです。

 河川「争奪」という直接的なネーミングが刺激的なのと、悠久の年月をかけた地形変化に対するロマンが感じられて、何か得をした気分になりました。
posted by kuraben at 17:16| 井上弁護士

2012年11月13日

神楽 (井上)

広島の地元の方にとっては神楽は珍しいものではないでしょう。

秋祭りに近隣の神楽団が演目を披露するといった地域も多いのではないかと思います。

しかし、関西地方からやってきた私たち夫婦にとっては神楽公演はとても新鮮です。

とくに配偶者は気に入ったようで、配偶者にせがまれて、毎年秋になると必ず1回は家族で安芸高田市(旧美土里町)にある「神楽門前湯治村」にある「神楽ドーム」に出かけて、芸北地方の神楽団による神楽の公演を見に行きます。

源頼光と家来の四天王たちが鬼や妖怪退治をするといったよく知られた伝説がテーマとなっている演目が多く、また、演目の前にあらすじの解説もあるのですが、それでも、思わず引き込まれていく魅力があります。

神楽は広島の方がもっと誇られていい文化遺産のように思っています。





posted by kuraben at 20:47| 井上弁護士

2012年09月21日

今年の野球の結果(井上)

私の趣味である弁護士会の草野球ですが、今年は、兵庫弁護士会チームと全国大会出場をかけて、9月17日に予選試合がありました。

広島弁護士会野球部は0−1で敗れ、残念ながら今年も予選敗退となってしまいました。

私は先発投手として出場させてもらいましたが、昨年同様、負け投手となってしまいました。

相手の投手は今年弁護士になられた方で、高校時代に全国大会にも出たというツワモノらしく、わがチームの打線は完全に抑えられてしまいました。

昨年わがチームが予選で敗れた大阪弁護士会のエースも大学野球のツワモノでしたが、今年もまたまた、すごい投手が現れてしまいました。

負けてしまって悔しいのですが、好投手を擁する兵庫弁護士会チームが全国大会でどれくらい活躍するか楽しみです。
posted by kuraben at 20:40| 井上弁護士

2012年08月17日

市民プール(井上)

お盆の帰省の際、連日、娘2人を連れて近所の屋内市民プールに出かけました。

私がプールに入るのは4半世紀ぶりのことになります。

私は小学生の夏休みには毎日スイミングスクールに通っていたこともあり、プールのカルキ臭はどことなく懐かしい気がしました。

とは言いましても、プールサイドを走り回る5歳の二女からは目が離せませんし、また、頻繁にトイレに連れて行かないといけないので、お父さんには少年時代の思い出に浸る余裕はありませんでした。

プール以外にも、虫取り、公園へのお散歩など、娘たちの引率で忙しい数日間でした。

のんびり骨休めとはいきませんでしたが、娘たちのたくさんの笑顔を見ることができたお盆休みになりました。
posted by kuraben at 21:44| 井上弁護士

2012年08月03日

野球盤(井上)

長女の通っている小学校の学童保育の現場に保護者会から野球盤やサッカーゲーム等の遊具を寄贈しました。

先日、夏休み中の学童保育の現場に立ち寄る機会があり、少しの時間でしたが子ども達が遊ぶ様子を見ておりますと、寄贈した野球盤とサッカーゲームが大活躍していました。

野球盤は球場の形をしたゲーム盤の上で、投手役がレバー操作でパチンコ玉を転がし、打者役が同じくレバー操作でバットを回転させて打つものです。

サッカーゲームは、選手の数だけレバーがついていてこれを回すと選手役の人形がくるくる回り、ボールをはらうように転がすというものです。

どちらも私の子どものころにすでに存在し、原理もスタイルもほとんど変わることなく今に受け継がれています。

デジタル機能が付いたおもちゃも多い今の時代にあっては、ずいぶんとアナログな感じがしますが、これを子ども達が奪い合うようにして、嬉々として遊んでいるのを見るのは何とも微笑ましかったです。

野球盤には、「消える魔球」という機能があり、ボールがホームベース上で地下(ゲーム盤の下)に落ちていく(基本的に絶対打てない)この必殺球を1打者に対し何球投げてよいかのルールを決めることで、打撃戦になるか投手戦になるかが決まります。

「消える魔球」がどのタイミングで来るか配球を読み、これをきちんと見送れるかどうかが打者役の腕の見せ所です。
posted by kuraben at 20:43| 井上弁護士

2012年07月03日

時効制度(井上)

法制度の一つとして、時効という制度があります。

長い時間が経過するとそれまで形成されていた法的な効果がご破算になってしまうというある意味恐ろしい制度です。

刑事ドラマなどで有名な犯人を刑事裁判にかけることができなくなる公訴時効のほか、民事では権利を失ってしまう消滅時効や土地などを不法占拠していても正当な土地の権利者となる取得時効などがあります。

時効制度が極めてイレギュラーな制度ですから、そもそもどうして時効という制度があるのか?、なぜ、時効の期間に長短があるのか?、などについて必ずしも明確な説明がしきれない部分があるように思います。

凶悪犯罪の公訴時効について疑問がもたれて社会問題となったのは記憶に新しいところです。

また、交通事故などの被害者の損害賠償の権利が3年という短期消滅時効にかかることがなぜ正当化されるのかについては学者の先生の間でも確たる定説はないと思われるくらいです。

時効期間の長さについては、人間の寿命が伸びたり、社会の変化が速くなったりということによって、時代によって変わっていくものなのか、という問いにも一概に答えられないところがあります。

鎌倉時代の武士社会の法律である御成敗式目には、他人の土地でも20年間自分の土地として占拠し続けると占拠していた者の土地となる、という現在の取得時効とほぼ同じ内容の規定があったそうです。

武士の所領争いを解決するために当時も取得時効の制度が必要だったのでしょうが、鎌倉時代の20年間と現在の20年間ではずいぶんと意味合いが違うような気もします。

にもかかわらず、どちらも20年が時効期間とされていて変わらないことに、時効制度の難しさが現れているような気がするのです。
posted by kuraben at 21:15| 井上弁護士

2012年06月17日

カブトムシの飼育(井上)

 長女がカブトムシを飼ってみたいといいますので、ペットショップに買いにいくことになりました。

 ご存じの方も多いと思いますが、今は、カブトムシはもちろんのこと、飼育ケース、腐葉土、止まり木、ゼリー状のエサ、防虫シートなど、必要なものはすべて買い揃えることができるようになっています。

 
 私の子どもの頃は、雑木林にカブトムシやクワガタムシを採りに行き、運よく捕まえることができれば、間に合わせの空き箱にスイカの残りの皮などを置いてその中で飼育するというのが定番でしたが、ずいぶんとスマートになっていることに少々驚きを感じました。

 カップルのカブトムシを購入して飼育を始めたその日の深夜、熱心に餌を食べるメスのカブトムシの背後からオスのカブトムシが近づき・・・・、ああっ・・・。

 子ども達が寝静まっていたのは幸いでした。

 そのせいでしょうか、残念ながらメスの方はすぐに死んでしまいました。

 オスの方は今も元気で、近所のお子さんが見に来てくれたりしています。

 テレビゲーム全盛の現代でも、カブトムシやクワガタムシは昔と変わらず子ども達の人気者のようです。
 


 
posted by kuraben at 15:28| 井上弁護士

2012年04月15日

子どもの質問(井上)

子どもはいつも親に対して色々なことについて「どうして?」と尋ねるものです。

これにできるだけ答えるのが教育上大事であると心しているのですが、なかなか実践できません。

「お父さんも分からんのよー。」「大きくなったら勉強してお父さんに教えておくれ。」と誤魔化すことが多くなっています。

あるとき、長女が有名な「十二支のはなし」について質問してきました。

神様が十二支の順番を決めるレースを開催され、ネズミは猫に間違った集合日時を伝えてレースに参加させないようにしたうえに、レースではこっそりと牛の体の上にずっと乗ってきて楽をし、神様のところに着く直前に牛の体から降りて来て、ネズミが1番になり、牛が2番になります。

その後もいろいろな動物が到着してゆき、猿と犬とニワトリはほぼ同時に神様のところに着きますが、道中ずっと猿と犬が喧嘩するので、それをきちんと見ていた神様は猿と犬の順番を続けずに間にニワトリを入れることにする、というお話です。

長女は「神様は動物たちの道中をきちんと見ていたはずなのに、どうしてネズミのズルは見逃したの?」となかなか鋭い質問をしました。

私は全くお手上げでした。

子ども向けのベストアンサーは何なのでしょうか?
posted by kuraben at 16:28| 井上弁護士

2012年03月18日

保護司さん(井上)

私の大学の同窓の方で、四国で保護司をされている大先輩にお目にかかる機会がありました。

保護司さんというのは、ご存じの方も多いと思うのですが、主には家庭裁判所の少年事件の審判で保護観察処分とされた少年・少女について、その更生のための監督・支援をされるボランティアで、公務員である保護観察官を補佐する役目を担われる篤志家の方ということになります。

主なお仕事は保護観察期間中の少年・少女と定期的に会って近況報告を受け、生活状況などを確認することだと思うのですが、犯罪に手を染めて警察や家庭裁判所のご厄介になった子ども達ですから、保護司さんの手も焼かせることも少なくありません。

これまでも、報告に来るべき約束をすっぽかしたり、ひどいときには行方をくらましてしまう、あるいは、親が病気だと偽ってお金の無心をする、といった少年たちに苦労させらる保護司さんのお話を何度かうかがったことがありました。

その大学の同窓の大先輩も、「保護司の仕事は究極のボランティアで、ひたすら忍耐です。」と苦笑いしながらおっしゃっていました。

私のような弁護士は、自分が担当した少年事件の子どもたちが、少年院収容にならずに保護観察処分となると、「良かった良かった。」ということで一仕事終わりとなるのですが、日本の保護観察制度が保護司さんたちの献身的な活動によって支えられていることや現実の保護司さんの大変なご苦労をつい忘れがちです。

保護司さんは、地方議員や役所の公務員、学校の教員などをリタイヤされた方がなられる例が多いようですが、ゆっくりされたいであろうリタイヤ後の人生なのに、社会貢献の気持ちから大変な仕事を無償でされる姿勢にはただただ頭が下がります。

何か私の緩んだ気持ちを引き締めていただいたような大先輩との出会いでした。

posted by kuraben at 18:03| 井上弁護士

2012年02月19日

被災地の弁護士(井上)

2月18日に仙台市で開かれたある催しに参加し、そこで被災地でご活躍の弁護士の先生のお話しをうかがう機会がありました。

ご紹介するのは「震災復興をめざす岩手はまゆり法律事務所」の瀧上明弁護士さんです。

瀧上先生は、震災の半年くらい前まで岩手県釜石市にある日弁連公設事務所である「ひまわり基金法律事務所」の所長をされていた方で、所長を他の弁護士に交代された後は、東京の法律事務所に所属されていました。

震災の後、東京の事務所を3ヶ月で辞められて、釜石市に戻って事務所を開設され、バトンタッチしたひまわり基金法律事務所の新所長の弁護士さんと2人で共同して釜石市や大槌町のすべての仮設住宅を巡回して被災者の法律相談に対応されてきました。

無償で買って出られている仕事も多いらしく、「ひまわり基金法律事務所」時代の4年間を過ごした釜石市の被災者の方々の窮状を放っておけないという気持ちだけを支えにして頑張っておられるようです。

瀧上先生のことはきっと地元のメディアでは取り上げられているのでしょうが、その他の地域の方々にもこんな素晴らしい弁護士がいることを是非知ってもらいたいと思いました。

posted by kuraben at 15:24| 井上弁護士

2012年01月09日

百人一首(井上)

本年もどうぞよろしくお願いします。

長女の冬休みの宿題で、「昔の遊びを親から教わる」というものが出されていたため、独楽とけん玉を買わされ、百人一首のカルタ取りにもつき合わされました。

私は、大学受験の古文の対策として、百人一首全部を丸暗記するということをやっておりましたので、父親の威厳をみせるチャンスでしたが、上の句を聞いても下の句が思い出せないものがやたらに多く、十代のころから歳月があまりに経っていることを身に染みて感じました。

だらしのない父親とのカルタ取りはつまらなかったのか、子どもたちはカルタ取りを早々にやめ、いわゆる「坊主めくり」遊びに移行していました。

子どもたちが「坊主」の札かどうかを問題にしている絵札に「蝉丸」の「・・・知るも知らぬも逢坂の関」の句の札があり、これは私の子供時代と変わらないなと笑ってしまいました。
posted by kuraben at 19:19| 井上弁護士

2011年12月18日

競馬 (井上)

私が唯一するギャンブルが競馬で、以前は、週末は必ず中央競馬の大きなレースの予想をして結果は確認するようにしていましたし、実際に馬券を買うこともしていました。

最近はとんとご無沙汰で、いったん競馬予想から離れると、出走馬の詳しいことが分からなくなってしまい、ますます馬券検討ができなくなるといった感じに陥ります。

私がまだ司法試験受験生でいろいろなアルバイトをしていたころ、どの職場でも競馬の好きな方がおられ、お好きな方同士でそれぞれの予想を披露されているのをよく目にしました。

学生時代にはきっとお勉強が好きではなかったと推察されるおじさん達が、馬の能力や血統、レース展開予想などを理詰めで語られるのを見て、思わず笑ってしまったのですが、お金がかかっているからなのか、それとも競馬にはそもそもロマンがあるのか、とにかく、競馬には人を予想に熱くさせ、研究者にしてしまう何かがあるようです。

そういうことで、私も競馬に興味をもつようになって馬券を買う人間になったわけですが、近頃は競馬のことを考えれるような気持ちの余裕がなくなってしまったようで、少しさびしい感じもしています。

今年も中央競馬のG1レースは有馬記念を残すのみとなりました。

1年は本当にあっという間に過ぎてゆきます。
posted by kuraben at 19:41| 井上弁護士

2011年11月21日

子どもの権利 (井上)

今月のある週末、広島市内で「子どもの権利条約フォーラム2011・広島」というイベントがあり、私も少しだけ会場を覗いてきました。

子どもの権利条約(児童の権利に関する条約)は1989年に国連で署名されて発行した条約で、国際人権規約などに代表される9つの基本的な国際人権条約の1つとされていて、ほとんどの国連加盟国が批准しており、もちろん日本も批准しています。

条約の精神を国内においても広く浸透させるため、各地方自治体で「子どもの権利に関する条例」を作ろうとする運動があり、広島市においても秋葉前市長のときには条例制定を目指したことがあります。

私の所属する広島弁護士会は「子どもの権利条例」制定に賛成する決議や声明を出して、前市長の取り組みを応援する側でした。

しかし、市民の間では反対意見も根強く、広島市議会も意見が割れていて、最終的に秋葉前市長が議会に条例案の審議を上程することを断念したという経緯をご存じの方もいらっしゃるのではないでしょうか。

条例に反対される方の主たる主張は、私の大雑把な理解では、@子どもは親や社会から保護される客体であるとして子どもが権利の主体であるということを強調することへの批判(「子どもには人権はない。」的意見)、A子どもの権利を前面に出す国内法令ができると学校現場でのいわゆる「モンスターペアレント」(学校に激しい苦情を寄せる父兄)に恰好の武器(言いがかりの材料)を与えてしまう、といったものだと認識しています。

反対派の主張も分からなくはないのですが、日本の批准した条約そのものを否定しかねない極端な内容の意見になると首を傾げたくなってしまいます。

行政が子どもに対する支援(例えば、親から虐待を受けている、育児放棄にあっている、貧困家庭で十分な生活ができていない等の状況にある子供たちへの支援などです。)を手厚く行うにはやはり国内の法令上の根拠があった方が望ましいですし、そもそも、子どもの権利に関する条約の精神が広く社会に浸透しているとはいい難い日本の現状にあっては一層、子どもの権利に関する包括的な法令が存在することが求められているのではないかと思っています。
posted by kuraben at 18:34| 井上弁護士

2011年10月30日

年金問題 (井上)

政府が、年金の支給開始年齢の引き上げ(65歳→68歳〜70歳に)の検討を始めたことで、しばらくお休みになっていた感のあった年金問題に関する記事を再び頻繁に新聞・週刊誌で目にするようになりました。

2年くらい前までは、小泉政権の「100年安心」の年金改革→安倍政権で大騒動になった社会保険庁の消えた年金問題→民主党の「ミスター年金」長妻議員の厚生労働大臣就任などなど、年金制度については国民の関心がとても高く、みのもんたさんの朝のテレビでも毎日のように年金問題を取り上げていたことが思い出されます。

年金については、民主党は「年金制度が破たん」すると危機感を煽って政権交代を成し遂げたがデマだったいう説(年金保険料の未納者が増えているので年金財政が破たんすると危機を煽ったが、保険料未納者は年金の受給資格もないので、年金財政は破綻しないのだということを根拠にしているようです。)が一方であります。

他方、現行の賦課方式(年金保険料納付世代が年金受給者世代を支える仕組み。これに対し積立方式というのがあり、勤労者時代に自分が積み立てたものを将来受け取るという仕組みです。)は、高齢化と若年人口の減少ゆえにもはや成り立たないのは火を見るより明らかだと唱える説もあります。

いずれも一見わかりやすくてなるほどと思うのですが、本当のところはどうなのか、私の新聞の読み方がいい加減なせいなのか、さっぱり分からないというのが正直なところです。

なんとなく分かるのは、(保険料の未納者が増えても)年金制度は破綻しないといってみても、その意味は、年金保険料を納めた人が将来年金がもらえなくなるという事態にはならないといっているに過ぎないところがあり、何らかの改革、つまり@年金保険料の増額、A年金支給額の引下げ、B年金支給開始年齢の引上げ、といった手を打たないと年金制度を持続していくのが難しいという意味で年金問題が深刻であることには変わりはない、ということです。

自分の不勉強を棚に上げていうのも何ですが、将来の人口予想は相当の確度で可能なはずですので(今年生まれた子供の数から20年後の20歳の人の人口がほぼ確定できるからです。)、いくらシュミレーションに幅があるといっても、もう少しはっきりとした将来の年金制度の姿が明らかになってもよさそうな気がします。

政府の発表や報道・解説の仕方によって、国民がもう少し分かりやすく考え議論できる環境が作れるように思うのです。

posted by kuraben at 18:40| 井上弁護士

2011年10月09日

音痴 (井上)

今頃の小学校は3学期制ではなく前期後期の2学期制らしく、小学1年生の長女が最近になって学校の成績表らしきものを持って帰ってきました。

自分の子供のころの学校の成績で思い出すのは「音楽」の成績です。

ずっと中くらい(5段階評価の3くらい)でしたが、ペーパーテストはほぼ満点に近く、楽器(ハモニカ、鍵盤ハーモニカ、ソプラノリコーダー:たて笛)のテストも上々というのに、やっとその成績なのです。

要するに、歌のテストが限りなくダメだからなのです。

歌のテストというのは、小学校でも中学校でも、クラス全員の前で一人ずつ課題曲を歌うというものでしたが、いつも先生からはっきりと下手と指摘され、私だけドレミから発声練習させられて、クラスメイトに笑われてさらし者になったうえ、小学校の時にはご丁寧にも成績表にはっきりと「音痴」と記載されたことさえありました(言葉の暴力と言っていいでしょう)。

これは、大人になった今もトラウマになっていますし、音楽教師への恨みは決して消えることはありません。

大学生になり、歌のテストはなくなりましたが、そのころあたりからいわゆるカラオケボックスというのが世の中に定着し、飲み会の二次会はカラオケというのが定番になりました。

お歌からは決して逃れることはできないのだと観念して、今は、できるだけ元気よく歌うことだけを心がけています。

今の世の中、お歌は一生ついて回ることになるので、娘たちに私の音感のなさが遺伝していないことをひたすら祈っています。

posted by kuraben at 18:04| 井上弁護士

2011年09月04日

夏の終わり (井上)

8月最後の日曜日、広島弁護士会と大阪弁護士会との草野球の試合が大阪の箕面市というところにある関西電力の野球グランドでありました。

勝った方が今年11月に新潟市で行われる日弁連野球の決勝大会へ進むことになる大切な予選試合だったのですが、残念ながら、広島弁護士会は1対2のサヨナラ負けで予選落ちとなりました。

恥ずかしながら最終回に打たれて敗戦投手となったのは私です。

大阪弁護士会チームは学生時代に高校野球や大学野球で好成績を残したことのある弁護士が何人もいる強豪チームなので、それを思うと広島弁護士会チームは善戦したともいえるのですが、相手を追い詰めながらあと一歩及ばず、かえって悔しい敗戦になりました。

おやじの草野球でありながら、わざわざ新幹線で広島から大阪まで行き、熱中症になりそうな炎天下で必死にプレーするのですから、野球に興味のない方には到底理解いただけないと思いますが、当事者たちは真剣そのものでやっており、負けるとまるで高校球児のように「今年の夏は終わった・・・」という感じでガックリしてしまいます。

それでも、監督やチームメイトのおかげで充実した試合ができ、今年もいい思い出ができたと感謝しています。

妻も小さな2人の娘も野球にはさほど興味がなく、野球で休日に出かけるたびに家庭では肩身が狭くなる私ですが、これからも体力が続く限り現役選手でプレーしたいと思っています。
posted by kuraben at 18:38| 井上弁護士

2011年08月25日

瀬戸内海のイメージ (井上)

 前回、呉市の大崎下島についての童話が、京都にいた頃の私、井上少年が本で読んで瀬戸内海のイメージを抱くきっかけとなったというお話をしましたが、今日はその続きです。

 今度は映像で、テレビで映画のロードショーをやっていたのを観たもので、タイトルは「パーマネント・ブルー 真夏の恋」という邦画でした。

 主演は今でもご活躍の秋吉久美子さんと、私が子供のときに三浦友和さん(山口百恵さんの旦那さん)と人気を二分する男性アイドルであった佐藤佑介さんでした。

 内容をざっくりといいます。
 
 瀬戸内の漁村で、ある青年が年上の女性と浜辺で出会い、やがて青年は女性が元過激派で警察に追われていることを知りますが、女性を匿い一緒に逃亡しようとします。

 しかし、最後には、女性が逃走準備で青年が離れている間に警察に捕まってしまい、船で連行されて二人が引き裂かれるというもので、出会いから別れまでの夏の短い間の出来事を描写したものです。

 ラストシーンでは、真夏の昼間、船で警察に連行されていく女性が眺める目の前の小島の浜で、乗ってきた父親所有の小舟を燃やして泣き伏せっている青年の姿が映し出されます。

 甘酸っぱいストーリーと真夏の瀬戸内海の景色がピッタリで、舞台は瀬戸内海でないといけなかったと変に納得した記憶があります。

 大人になり、インターネットで調べて、この映画の舞台が愛媛県の今治市であったことを知りました。

 インターネット情報によれば、この映画はビデオレンタルなどはされていないらしく、もう一度観ることは叶わないようですが、今でも、私にとって、忘れられない瀬戸内海の景色の記憶の一つとして残っています。
posted by kuraben at 20:56| 井上弁護士

2011年08月06日

大崎下島 (井上)

最近、呉市の大崎下島(呉市編入前は豊田郡豊町)を訪れる機会がありました。

いわゆる「とびしま海道」を通って、呉市街から車で1時間20分くらいで大崎下島まで行くことができます。

広島に来た15年前から一度は訪れてみたいと思っていた場所で、これまで機会がなかったのですが、ようやく念願がかないました。

といいますのも、私が小学生だったころに、「椋鳩十」というペンネームの動物ものの童話作家の作品で「離島ものがたり」シリーズというのを読んで、その内容をずっと覚えていたからです。

このシリーズの第1巻は、椋鳩十さんが大崎下島を訪れて島の方から聞いたお話を少し物語風に書いているものですが、島の多くの農家の暮らしは貧しく、栽培した山桃を船で街に出て売り歩きわずかな収入を得ていたところ、ミカンの栽培が成功を収め、ミカンのなる時期には島中ミカン色の「黄金の島」になるというストーリーで、広島みかん(今の大長みかん)の栽培の始まりが描かれています。

その後、農家の多くが土地を買収されてしまったり、日本中でミカンの栽培が過剰になって値段が暴落したりもして、再び、農家の暮らしは厳しいものとなり、物語の最後は、島での暮らしを諦めて島を去る弟を兄が港で見送るという少し悲しいシーンで終わります。

京都の内陸で育った私は、瀬戸内海ののどかな景色を想像しながら、小学校の図書館で借りたこの本を一気に読み終えたのでした。

あれから30年以上経って訪れた島の景色は私が想像していたとおりの美しく穏やかなもので、泳いで渡れそうなくらいすぐそばに隣の島が見える風景は本当に心癒されるものがありました。

瀬戸内海はやはり美しいと思いました。
posted by kuraben at 19:36| 井上弁護士