2011年11月07日

伊能忠敬が作った日本地図 (倉田)

伊能忠敬といえば、はじめて実測による日本地図を作った人として著名ですが、彼が作った地図を実際に見た人は少ないと思います。
ところが、11月4日(金)から6日(日)まで、広島国際学院大学の体育館でその地図が公開されたので、私は見に行きました。

地図は、大図、中図、小図の3種類あるのですが、大図は3万6千分の1で、畳214枚分の紙の上にかかれている膨大なものです。それが体育館のフロアに広げてあるのですが、体育館の端から端まで広げても、まだ北海道がはみ出る大きさです。

私が何よりも驚いたのは、その地図の精密さと正確さです。私はどこよりも先に広島市周辺の部分を見ましたが、細部にわたり極めて正確に作られており大変感動しました。写真を撮ったので見てください。
(クリックすると拡大します)
地図.jpg

伊能忠敬は現在の千葉県に生まれ、18歳のとき伊能家(酒造家)の養子になりました。50歳のとき家業を長男に譲って隠居し、幼いころから興味のあった天文学を勉強するため江戸に出ました。そして天文学と測量方法を研究し、56歳を過ぎてから日本全国の測量をすることを思い立ち、17年かけて日本全体の地図を完成させました。

17年かけて歩いた距離は実に4万キロにもなり、地球を一周したのと同じになります。その不屈の精神とパワーには脱帽します。初めは私財を投入して一人で始めたのですが、途中からはその技量の高さが幕府に認められ、幕府の事業として大勢の協力を得て行われました。73歳で死亡しました。
posted by kuraben at 10:42| 倉田弁護士