2011年07月24日

則天武后 (井上)

則天武后とは中国の唐の時代の女帝で中国三大悪女の1人とされています(因みにあとの2人は、漢王朝の始祖である高祖−劉邦の皇后である呂后と有名な清朝の西太后です。)。

私が読んだ世界史の教科書でも、「武韋の禍」といって、唐の3代目皇帝の高宗の皇后である則天武后が子供たち(4代目の中宗、5代目の叡宗)を廃して即位したことと、中宗の復位後にその皇后であった韋后が中宗を毒殺して権力を得ようとしたこと、の2つの出来事を併せて、女性が政治の中枢に関与して世の中を悪くしたこととして掲載していたくらいです。

私が大学を卒業して司法試験の勉強を始めたころ、教育テレビで則天武后についての著作を出版されたばかりの原百代さんという方が出ておられるのを偶々見かけたことがありました。

詳しい内容は忘れてしまいましたし、原百代さんの著作を読んだわけではないのですが、則天武后を政治家として評価されていた内容だったのは覚えています。

彼女の統治時代には内乱等がなく世の中がよく治まっていたこと、虐殺を行ったという彼女に対するネガティブな評価は他の名君(漢の武帝や唐の太宗など)とされる皇帝のときも同様でなければならないはずで、女性である皇帝だけそのことを強調するのはフェアでないこと、等のお話を覚えています。

私は則天武后の業績について論じる知識も能力も全く持ち合わせていないのですが、この教育テレビの番組を見たとき、「男女の格差が当然の古代の儒教国家で、女性でありながら権力の頂点まで上り詰めたのだから、政治センスと政治手腕が飛び抜けて優れていたことは否定できない。恐ろしい女性だったかも知れないが、そのことだけをもって政治家としての能力評価をするのはおかしい。」と感じました。

私が教科書で学んだことに疑問を持った最初の出来事だったように思っています。

私はフェミニストというわけでもないのですが、男女を問わず、人を評価するときには、個人的にどんなに嫌いな人であったとしても、その人物の良い面はきちんと評価することを心掛けたいと思っていて、則天武后の話は私がそう考えるようになったきっかけとなりました。
posted by kuraben at 16:46| 井上弁護士