2011年05月02日

私の高校生時代 (井上)

私が京都で高校生活を送った昭和50年代後半、京都の公立学校制度は昭和40年代の革新府政時代の政策が残っており、特殊な仕組みになっていました。

現在はすっかり変わってしまっているのですが、当時の制度を簡単に紹介すると次の2点が特徴です。

一つは学区制で、自分が進学する公立高校がいずれになるかは、原則、居住地の小学校の学区によって自動的に決まります(したがって、公立高校間の競争や格差というものは基本的には存在しません)。

二つ目が総合制で、一つの高校に普通科と商業科が併設されていることが多く、同じクラスの中に普通科の生徒と商業科の生徒が混在しており、授業科目によって別々に授業を受けたり、一緒に授業を受けたりします。

このような制度により、高校受験というものがさほど加熱せず、また高校生になってからも勉強に関してはのんびりしたムードの中で学校生活を送ることになります。

結果、京都府の高校生の大学進学は一部の優秀な進学校の私立学校を除けば軒並み低調だといわれていました。

高校間の格差をなくし、また、一つの学校内で普通科で大学進学を目指す生徒と商業科で卒業後就職を予定している生徒とが交流できるようにする、といった高い理想があったのだと思うのですが、はやり、有名大学への合格状況の悪さ等への批判が強く、私が高校を卒業して間もなく他県の公立高校と同様の制度を取り入れていくようになります。

肯定的評価の少ない当時の京都府の公立高校制度でしたが、個人的には、劣等感を感じることなく高校生活を送れたのは良かったと感じていて、何も勉強しなかった当時の高校生活のことを今も時々思い出すことがあります。
posted by kuraben at 19:02| 井上弁護士